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なぜ、建築設計の道に進んだのか?4 [なぜ、建築設計の道に進んだのか?]

こんにちは、今日は随分暖かかったです。

洋服の選択が難しい今日このごろです。



春が来たと思って油断しがちですが、週末はかなり激しい暴風雨の模様。



私・・・土曜日に名古屋まで行ってLIXIL(旧INAX)の展示会と名古屋城の修復見学。 大丈夫かしら?



さて、



 先日、「卒業論文のタイトル何だっけ?」と検索していたら、最近は卒業論文が検索すると出てくるんですね。 背中がむず痒い気がします。



 北海道大学工学部建築工学科建築環境座というのが当時の正式名称。

最近は組織変更で名前は変わったらしい。



 ボスは荒谷登教授(現在、名誉教授)。 北海道という場所柄、断熱と換気が研究室のメインテーマでした。 荒谷先生は、現在の私に大きな影響を与えてくださった恩師で、モノを根底から考えさせる指導方法は時間がたっても私の心の中で響いています。 非常に独創的な先生で、冬の雪を断熱に使うという話は、印象的でした。 マイナス20度にもなる吹雪の日でも実は雪の下だとマイナス数度止まりなのです。 だから雪国では大根や白菜を雪の下に埋めて長期保存します。 



 4年生の時の卒業論文は「空気温湿度・気流速変動からみた木影の爽やかさに関する研究」 で屋外環境を扱うテーマでした。 この年の北海道は結構暑く、35度くらいで「今年は異常に暑いな。」と会話した記憶があります。 



 建築のいろいろな分野を勉強する中で、建築環境という分野は自分に合っている気がして、もう少し勉強してみようかと「院試」を受け、合格。 あと2年延長して大学院生活を送ることになりました。



 そういえば4年生の冬に北海道の釧路で「Passive & Low Energy Architecture」という国際会議がありました。 世界から建築環境の技術者が集う国際学会で、私も一題英語発表しました。この時初めてOMソーラーの実物モデルハウスを見ました。 これにはビビッと来ました。 故郷の浜松市に素晴らしい建築技術を持った会社があることに大いに驚いたものです。



 番外編の記憶としては釧路の魚市場の「和商市場」。 

 どんぶり白ご飯を買い、魚屋を回って刺し身やいくらを少しずつ買いながらセルフで作る海鮮丼。 いま「釧路」とキーを打つだけで、和商市場のDIY海鮮丼を思い出してしまうほどの美味しさでした。



続きはまた。



大林勇設計事務所
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